東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)40号 判決 1969年12月16日
原告
ダイヤメタル株式会社
代理人
長尾章
入山実
弁理士
滝野秀雄
被告
若林万蔵
沢田竹治郎
渕上義一
菅谷瑞人
弁理士
木戸伝一郎
主文
原告の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和三十九年三月三日、同庁昭和三十三年審判第二四〇号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二 請求原因
原告訴訟代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三十三年五月二十四日、被告を被請求人として、その権利に属する特許第二二一、〇八五号「軸受メタルの製造法」(出願日昭和二十九年六月十九日)につき特許無効の審判を請求したが(昭和三十三年審判第二四〇号事件)昭和三十九年三月三日、「請求人の申立は、成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年同月十八日原告に送達された。
二 本件特許発明の要旨
円筒形管を素材としこれを円筒形型にその上面に一方の曲げ代を突出させて嵌合し、その曲げ代部に截頭円錐形の押開型を圧入して漏斗状に押し開き、次いで平型によりその押開部を直角に曲げて一方の鍔を形成し、その素材を取り出しこれをテーパーによりホルダーに支持される円筒形割型に嵌合し他方の曲げ代を割型の上面に突出させ同工程により直角に折曲げて他方の鍔を形成し、割型を分離して製品を取り出すことを特徴とする両端に鍔を持つた軸受メタルの製造法。
三 本件審決理由の要点
本件審決は、本件特許発明の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、本件特許発明と全く同一な思想による軸受メタルの製造法は本件特許の出願日である昭和二十九年六月十九日以前から公然知られ、かつ、公然用いられていた、との請求人(原告)主張の事実を認めるに足りる証拠はないから、本件特許を無効にすることはできない、と説示している。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件特許発明と技術思想を同じくする軸受メタルの製造方法は、次のとおり、本件特許出願前から公然知られ、かつ用いられていた。すなわち、株式会社J製作所は、本件特許出願前の昭和二十七、八年頃から本件特許発明と同様の方法により、パイプを素材として自動車用鍔付メタルを公然製造していた。その製造工程および製造用の型は次のとおりである。
素材であるパイプ(円筒形管)を加熱して加工しやすい状態にした後、まずこれを押型と、リングに支持された割型を使用し、ムトン機(ドロップ・ハンマー)によつて加圧してパイプの上端を漏斗状に押し開き、更に同じ型を使用して押し開かれた部分を直角に曲げて一方の鍔を形成し、次いでパイプの上下をひつくりかえして前記と同じ方法により他方の鍔を形成し、最後にリングから割型を抜き出し割型を分離して製品を取り出す。右工程で使用する型は、押型、割型各一個とリングとで構成され、押型は本件特許発明の押開型および平型は円筒形型および円筒形割型に、リングはホルダーにそれぞれ該当し、割型とリングはテーパー状に嵌合されている。
J製作所の右製造方法は、厚肉のパイプを切削加工する在来法に対し、薄肉のパイプの上下端の曲げ代を折り曲げて鍔付メタルを製造する方法である点において、まさに本件特許発明の方法と軌を一にするものである。ただ、J製作所の製造方法では、素材であるパイプを加熱する手段がつけ加えられており、鍛造に使用するムトン機が用いられているが、これは成形技術上当業者が任意に採択できる手段であり、本件特許発明においても加熱しないで加工することはその構成要件とされていないし、ムトン機を使用する場合も除外されていないから、J製作所の用いていた方法は本件特許発明の方法と技術思想を同じくするものである。
よつて、本件特許は、前記事実に基づき無効とされるべきであるから、原告の無効審判の請求を排斥した本件審決は違法として取り消されるべきである。
第三 被告の答弁
被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
一 原告主張の請求原因事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨、本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであること、J製作所が昭和二十七、八年頃から、パイプを素材として自動車用鍔付メタルを製造していたことは認めるが、その余は否認する。
二 J製作所の鍔付メタルの製造工程および製造用の型は次のとおりである。
素材である鉄のパイプを加熱して鍛造しやすい状態にした後、まずこれを第一の割型に入れ、更にこの割型ぐるみリングに入れたうえ、第一の押型をパイプ内に嵌入し、鍛造に使用するムトン機で加圧してパイプの上端の曲げ代部を一回で直角に折り曲げて第一の鍔出しを行い、次いでパイプを右割型から抜き取り、再び加熱した後、第一の鍔を下にして、第一の割型とは形状を異にする第二の割型に入れ、更にこの割型ぐるみリングに入れ、前記第一の押型と長さの異なる第二の押型を使用して、前記と同じくムトン機で加圧して曲げ代部を一回で直角に折り曲げて第二の鍔出しを行つた後、割型を抜き出しこれを分離して製品を取り出す。
右工程で使用する型は押型、割型各二個とリングを必要とする。そして押型は、ほぼ割型の径に等しい径を有する頭部と、パイプの内径に等しい径および鍔を形成する際にパイプの長さ一ぱいに嵌入するに足りる長さを有する胴部とを一体とし、両者の接する段部を直角にしたものであるが、第一の押型の胴部の長さはパイプの長さから鍔一個を形成するに要する曲げ代を控除した長さに等しく、第二の押型の胴部の長さは鍔二個を形成するに要する曲げ代を控除した長さに等しい。割型は、第一の割型の底面は平面であるが、第二の割型はその底面を第一の鍔の厚さだけ切欠いて第一の鍔と割型の底面が同一の平面となるようにしたものであり、割型とリングはいずれもテーパー状に嵌合されていない。
三 J製作所の右製造方法は、次の点本件特許発明の方法と異なる。
(一) J製作所の方法ではムトン機を使用するので素材であるパイプを二回加熱するが、本件特許発明の方法では素材の加熱を要しない。その結果製作所の方法では加熱のための費用と時間を要するのみならず、比較的厚肉のパイプを使用しなければならないので素材費がかさむ。
(二) J製作所の方法で使用する型は、本件特許発明の方法で使用する型とその数および構造が異なる。すなわち、前者では第一の鍔出しに使用する押型と第二の鍔出しに使用する押型とが別個に必要であるのに対し、後者では第一の鍔出しも第二の鍔出しも一個の押開型および平型で足りる。前者では第一の鍔出しも第二の鍔出しも共に割型を使用するが、後者では第二の鍔出しにのみ割型を使用し、第一の鍔出しには割型を使用しない。また、前者の割型とリングとはテーパー状に嵌合していないが、後者の割型とホルダーはテーパー状に嵌合している。
(三) J製作所の方法による鍔の形成は、本件特許発明の方法による鍔出しのように、まずパイプの上端が漏斗状に押し開かれ、その後に直角に折り曲げられるものではない。すなわち、前者の鍔出しは、押型の頭部と胴部とが接する段部が直角をなしており、かつ素材を加熱したうえムトン機で加圧するのであるから、加圧の途端にパイプの上端が一回で直角に折り曲げられて鍔を形成するのである。その結果、鍔の厚さが必要な厚さに達しないものを生じ、かつ、その面に凹凸が生ずる欠点を免れず、旋盤にかけて仕上げをする場合に、パイプの中心に旋盤の中心を固定することができず、廃品を生ずることが多い。
以上のとおりであるから、J製作所の鍔付メタルの製造方法は、本件特許発明の方法とその技術思想を全く異にするものである。
第四 証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨、本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであること、ならびにJ製作所が本件特許出願前の昭和二十七、八年頃からパイプを素材として自動車用鍔付メタルを製造していたことは当事者間に争いがない。
(審決を取り消すべき事由の有無について)
二原告は、J製作所の用いた鍔付メタルの製造方法は本件特許発明の方法と技術思想を同じくする旨主張するが、右主張は以下に述べる理由によつて採用し難い。すなわち、
<証拠>によれば、J製作所の鍔付メタルの製造工程、製造用の型の数および構造が、いずれも被告主張のとおりであることが認められ、右認定と牴触する<証拠>は前掲各証拠に照らし措信し難い。
よつて、J製作所の製造方法が本件特許発明の方法と技術思想を同じくするかどうかについて判断するに、J製作所の方法が、厚肉のパイプを切削加工する在来法に対し、薄肉のパイプの上下両端を折り曲げて鍔付メタルを製造する方法である点においては、本件特許発明の方法と同じであることは、被告の明らかに争わないところであり、本件特許公報によれば、素材を加熱しないで加工することは、本件特許発明の要旨に含まれていないといわざるをえない。
しかし、前記当事者間に争いがない本件特許発明の要旨と前記<証拠>によれば、本件特許発明は、第一の鍔出しに当り截頭円錐形の押開型および平型を用いて素材であるパイプ(円筒形管)の上端の曲げ代を、力がパイプの下部に加わらないように、順次直角に折り曲げることによつて、パイプを嵌合するために割型を使用する必要をなくし、かつ、押型をパイプの長さ一ぱいに嵌入する必要をなくすことにより第二の鍔出しにも同一の押開型および平型を使用することを可能ならしめ、もつて、割型を使用せず円筒形型と押開型および平型を用いる第一の鍔出しの工程と、割型を使用し同一の押開型および平型を用いる第二の鍔出しの工程とを組み合わせる、という技術思想をもつものであることが認められる。そして、前認定のJ製作所の鍔付メタルの製造工程、製造用の型の数および構造に徴すれば、J製作所の方法には右技術思想が全く含まれていないことが明らかであり、他にこの判断を左右するに足る証拠資料はない。したがつて、J製作所の方法は本件特許発明の方法と技術思想を異にするものといわねばならない。
(むすび)
三以上のとおりであるから、J製作所の鍔付メタルの製造方法が本件特許発明の方法と技術思想を同じくすることを前提とする原告の主張は理由がないことが明らかであり、本件審決には原告主張の違法はない。よつて、原告の請求を失当として棄却……する。(三宅正雄 石沢健 滝川叡一)